Netsu Sokutei, 29 (5), p. 199, (2002)

講座

ジュールによる熱の仕事当量の測定実験

The Experiments on Mechanical Equivalent of Heat by J. P. Joule

 科学・技術の社会的な影響が大きくなった今日では,科学や技術の営みについて深く理解することが求められている。しかしわが国の学校教育では,これまでそうしたことにあまり重点が置かれてこなかった。そのためか,科学史的な事柄について正しく触れられることがあまりなく,熱に関する科学史的な事柄についても必ずしも正確に伝えられていない。本稿で紹介してきたジュールによる熱の仕事当量の実験も,羽根車の回転による水の撹拌実験以外はほとんど触れられることがない。 しかし,見てきたように,熱の仕事当量の測定実験は,実験の方法や回数,個々の実験に対する周到な配慮など,通常語られない部分にこそ,ジュールの誠実でねばり強い科学者としての営みが現れている。この実験のためにジュールがいかに苦労し努力したか,そうした点にも科学の歴史から学ぶことが大きいのではないだろうか。 また,ジュールが当時としては最高のレベルの精密な測定を行っても,まったく無視されていたことなどは,科学の営みと科学的知識の社会的性格が如実に反映されていて,科学をメタレベルで理解する上でも興味深い点である。ともすれば,科学は一人の天才の孤独で数奇な営みだと捉えられるが,現実の科学は,むしろ集団的で社会的に営まれている。たとえ素晴らしい発見をしたとしても,それが社会的に認知されなければ,知識として成立することはない。社会的に認められるためには,学会で発表し論文として公刊し,多くの人に自らの説を説得力をもって示さなければならない。科学の知識は,そうした集団的な営みの中で鍛えられ発展しているといえる。ジュールの業績をたどってみると,一人のアマチュアがやがて科学者集団の中で認められ,歴史に残る科学者となっていったことがよく分かる。こうしたことを同時に学んでこそ,科学への興味が増し,深い理解につながるのではないだろうか。
Physics textbooks show Joule's paddle-wheel equipment in 1850 in relation to the law of conservation of energy, but describe nothing about the background of his experiments. Joule had made many kinds of experiments to determine mechanical equivalent of heat for a long period from 1843 to 1878. Unfortunately, academic society had not appreciated his early studies, because the concept of calorique had still prevailed in the middle of 19c. Even after clear evidence was presented, it takes a long time for the society to recognize a new scientific knowledge. This is a social nature of science, which should be emphasized in scientific education.